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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)3173号 判決

控訴人 有限会社阪神観光

被控訴人 国

代理人 西口元 三ツ木信行 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人は控訴人に対し原判決別紙(一)「日本国政府の反省」と題する日本政府公報を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び神戸新聞各日刊版社会面政治関係記事下の二段二〇センチメートル枠内に、見出し二倍半太字、本文一倍半太字の活字を使用して、各一回掲載せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審における次の主張及び認否を付加するほか、原判決摘示事実(原判決別紙(三)一四ページ五行目「および」の次の不鮮明な部分を「小西のそれぞれ」と補正する。)と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は「訴外大阪芸能労働組合(以下「本件組合」という。)は関西方面のバンドマンの集まりにすぎず、またこれらバンドマンは控訴会社に従属する企業内従業員とはいい得ないから、これらの者が団体を結成しても、その団体行動は、これによつてだれに対し利益主張をするのかその相手方すなわち使用者を特定できず、労働組合法(以下「労組法」という。)上の労働組合の正当な行為をしたことにはならず、これに対し控訴会社が団体交渉の拒否等をしたことは不当労働行為にはなり得ない。にもかかわらず中央労働委員会(以下「中労委」という。)が本件救済命令において控訴会社を使用者と、本件組合を労働組合と、その組合員たるバンドマンを労働者と判断し、控訴会社の行為を不当労働行為と断定したことは、違法な公権力の行使である。本件組合は、その規約において「阪神地区芸能人をもつて結成した団体である。」とうたつている以上、その組合員の一部の者が控訴会社においてバンド演奏をしていた事実があるからといつて、中労委が控訴会社との関係において労働組合の正当な行為であると判断する余地はない。のみならず、労働委員会は行政機関にとどまり司法機関ではなく、労組法の解釈適用をすることができる有権的な機関ではないから、中労委が右のような判断をしたことは、国家機関として基本的な誤りを犯し、法律上の根拠のない越権行為をしたものであり、そのこと自体において既に違法な公権力の行使である。特に本件救済命令によつて団体交渉を命じ、バンド演奏請負契約の解除予告通知の撤回を命じたことは、控訴会社の自由を制約し行政命令の限界を逸脱するものである。そして、中労委は本件救済命令を発することにより、本件組合の不当な利益主張に一方的に加担し、控訴会社に対し悪意をもつて加害行為を実現したものである。かかる違法不当な本件救済命令を是認した原判決は明らかに誤つているのみならず、そもそも司法機関でない労働委員会の行為につき準司法的機能という術語に名を借りて、裁判官の場合と同じ基準を適用して判断している点において、原判決には根本的な誤りがある。」と述べ、被控訴代理人は、右主張を争うと陳述した。

理由

一  本件組合が大阪府地方労働委員会に対し、控訴会社を被申立人として不当労働行為救済の申立てをしたところ、同委員会は昭和四九年四月一三日付けで原判決別紙(三)命令書記載のとおりの救済命令を発したこと、控訴会社が右命令を不服として中労委に対し再審査の申立てをしたところ、中労委は昭和五〇年一一月五日付けで原判決別紙(二)の命令書記載のとおりの本件救済命令を発し、右命令書が同年一二月二一日控訴会社に交付されたことは、当事者間に争いがない。

二  しかして右中労委の命令書によると、本件救済命令は、控訴会社の経営するキヤバレー「ナナエ」において楽団演奏に従事する者のうち、風俗営業を営む企業において楽団演奏業に従事する者約三〇〇名で組織する本件組合に所属する楽団員八名を控訴会社が雇用する労働者(労組法第七条第二号)と認め、控訴会社が(1)右楽団員の属する本件組合からの昭和四七年九月二六日付け要求書記載事項についての団体交渉の申入れを拒否したこと、(2)同年一一月一七日付け内容証明郵便をもつて組合員向田勝彦に対して請負契約解除予告通知をしたこと、(3)控訴会社代表取締役下坂七重、専務取締役下坂裕一らが組合員に対して本件組合からの脱退及び組合運動の中止を慫慂したり組合を通じて要求すれば全員解雇するなどの発言をしたことを認定した上、これら控訴会社の行為が不当労働行為に当たるとして大阪府地方労働委員会の発した団体交渉に応ずべき旨の命令及び右(1)、(3)に関するポストノーテイス命令を維持し、更に(2)の解除予告通知の撤回を命じたものであることは明らかである。

三  しかるところ、<証拠略>によると、控訴会社は、本件救済命令の取消請求訴訟を東京地方裁判所に提起した(昭和五一年(行ウ)第六号)が、同訴訟で主張した違法事由は、(1)本件組合は労組法所定の救済申立適格を有するものではなく、(2)控訴会社は労組法第七条の使用者でないにもかかわらず、本件救済命令は誤つてこれらを積極に解したというのであつたところ、同裁判所は(2)の主張を入れ、控訴会社は楽団員との関係では使用者でないとの理由で本件救済命令を違法な行政処分として取り消し、右事件の控訴審(昭和五四年(行コ)第八一号)においても右第一審判決と同様の理由で同判決を維持したことが認められるが、更に職権をもつて調査したところ、右事件の上告審(昭和五七年(行ツ)第一五八号)では、控訴会社において、控訴会社は楽団員に対する関係において労組法第七条にいう使用者に当たらず、また、本件組合は、労組法第二条及び第五条第二項の要件を欠く組合で不当労働行為救済申立資格を有しないから本件救済命令は違法であると主張したのに対し、上告審たる最高裁判所は、控訴会社は楽団員に対する関係において労組法第七条にいう使用者に当たると解するのが相当であると判断し、次いで使用者は不当労働行為の救済命令が労組法の適合要件を欠く組合の申立てに基づき発せられたことのみを理由として右命令の取消しを求めることはできないからこの点に関する控訴会社の主張はそれ自体失当であると判断し、本件救済命令には控訴会社主張の違法はなくこれを取り消すべき理由はないとして、原判決を破棄し第一審判決を取り消し、控訴会社の請求を棄却した(昭和六二年二月二六日言渡し)ことが認められ、これが上告審判決である以上、言渡しと同時に確定したものである。

四  ところで、控訴人は、本訴において、まず(1)本件組合は労組法所定の救済申立適格を有する労働組合ではなく、(2)控訴会社は労組法第七条の使用者に該当せず楽団員らは同条の労働者に該当しないにもかかわらず、本件救済命令はこれらの点をすべて肯定しているのでその判断は違法である、と主張する。しかしながら、その主張する違法と、右三で見た本件救済命令取消訴訟において主張した違法とはその内容において異なるものではないのであるから、右取消訴訟において請求棄却の判決が確定し、本件救済命令につき取消原因となる違法の存在が否定されている(無資格組合からの申立てであるという(1)の主張は、それ自体失当として排斥されている。)以上、その既判力は取消訴訟で主張された個々の違法事由ごとに生ずるとしても(この点については、次の五で検討する。)、該既判力により、国家賠償請求事件たる本訴においても本件救済命令が、右(1)、(2)の点で違法であるとの判断をすることはできないものというべきである(最高裁判所昭和四八年三月二七日第三小法廷判決・裁判集民事五二九ページ参照)。

したがつて、控訴人の右主張は、採用することはできない。

五  控訴人は、右主張のほかに、本件救済命令に対し種々の違法事由を主張するけれども、取消訴訟においては原告はあらゆる違法事由を主張し得るのであるから、その請求棄却の判決が確定すれば当該行政処分にはおよそ違法性がないという既判力を生じ、これが国家賠償請求訴訟に及ぼす客観的範囲は、取消訴訟において現に主張された個々の違法事由に限られないものと解するのが相当であり、したがつて、右四で判断した以外の種々の違法事由の主張もまた、本件救済命令取消請求を棄却した確定判決の既判力に抵触し、採用することができないものというべきである。

そうすると、本件救済命令の違法を前提として国家賠償法に基づき損害賠償を求める控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことになるが、念のため、右の種々の違法事由の主張につき以下検討を加えておく。

1  控訴人は、本件組合は労働組合ではないから、不当労働行為の問題それ自体が起こり得ない、と主張する。

しかしながら、<証拠略>によれば、本件組合は、風俗営業において音楽演奏に従事する大阪及びその周辺の芸能人によつて、労働条件の改善を主たる目的として結成されたいわゆる合同労組であり、労組法第五条第二項所定の事項を含んだ組合規約が作られ役員として委員長、副委員長、書記長、会計、会計監査等が置かれ、控訴会社の不当労働行為があつたとされる昭和四七年当時は組合員約三〇〇名で、キヤバレー等のバンドマンがその主体であつたこと、その中には、演奏の指揮、欠員の補充等に携わるバンドマスターも加入していたが、使用者の利益代表ではなく、楽団としての性質上必要とされるリーダー格にすぎないこと、また、組合幹部では右約三〇〇名の動静を十分に把握できていなかつたが、バンドマンの中にはキヤバレーを転々としたり一時的に失業したりする者があつたためやむを得なかつたものであり、組織としての実を喪失していたものではないこと等を認めることができるから、本件組合は労働組合というに十分であり、組合員たるバンドマンが企業内従業員でない(もつとも、前掲各証拠によると、本件組合員のうち控訴会社のバンドマンら八名くらいで分会が結成されている。)からといつて、右の認定判断を動かすことはできない。したがつて、控訴人の右主張は採用しない。

2  控訴人は、また、労働委員会には使用者に対し作為を命ずる権限はない、と主張する。

しかしながら、労働委員会は、調査・審問の結果不当労働行為の存在を認定したときは、個々の事案に応じた適切な救済命令を発することができるものであり、その専門的知識経験に基づく裁量により必要な作為、不作為を命じ得ることは当然であつて、例えば、団体交渉拒否に対しいわゆる団交命令を発し、解雇に対しその撤回ないし復職・バツクペイを命じ、支配・介入に対しポストノーテイスを出すこと等は、つとに是認されているところである。労働委員会が命じ得るのは不作為に限るという控訴人主張は、独自の見解であつて採用の限りでない。

3  控訴人は、更に、労働委員会は労働法規を解釈適用し、使用者及び労働者を確定する権限はない、と主張する。

しかしながら、労働委員会は、不当労働行為の存否についての単なる事実認定のみならず、その前提として、当事者その他の関係人につき労組法第七条の使用者、労働者等に該当するかどうかを認定判断しなければならないし、そしてその際には労組法の解釈適用をせざるを得ないものであり、このことは当然の事理であつて、労働委員会が司法機関ではなく行政機関であるという一事をもつて否定されるべきいわれはない。また、その解釈が司法機関を拘束すべきでないことは、もちろんである。したがつて、控訴人の右主張もまた採用することはできない。

4  なお、控訴人は、中労委が悪意をもつて本件組合の利益主張に加担したという主張もしているが、本件の全証拠によつてもこれを認めることができないから、右主張もまた採用の限りでない。

六  以上のとおりであつて控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結論において相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条及び第八九条に従い、主文のように判決する。

(裁判官 賀集唱 安國種彦 伊藤剛)

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